ヴィパッサナー瞑想30日コースに参加してきました その2

ヴィパッサナー瞑想30日コースに参加してきました その2

 

前回、瞑想のゴールは
苦しみからの脱却と話しました

その1を読んでいない人はこちら↓

ヴィパッサナー瞑想30日コースに参加してきました その1

では、苦しみとはなんでしょうか
それは、渇望と嫌悪だと言います

瞑想を始めた頃は
嫌悪が苦しみの原因だと知って
すごく感動しました

私は子供の頃から正義感が強い方で
いじめられている子を見ると
あと先考えずに庇ったりしていました

でも、その結果、自分が疎まれたりして

「私は何も悪いことをしていないのに
なぜこんな目に遭うのだろう」

と思うことがよくありました

でも
「私の中に嫌悪という濁りが
あるから苦しいんだ

結局、自分を自分自身で
苦しめていたんだ」

とわかったら、人生が変わっていきました
生きるのがすごく楽になってきました

一方、渇望に関しては
はじめの頃はなぜそれが苦しみなのか
よくわかりませんでした

苦しみかもしれないけれど
あった方がいいものだと
思っていた時期もありました

ところが、瞑想を続けるうちに
渇望は本当に大きな苦しみだと
いうことがわかってきました

ちなみに、希望と渇望は違います

渇望は、欲しいものが手に入らなかった時に
がっかりするかどうか
執着があるかどうかで決まります

特に愛に対しての渇望は
強いものです

好きな人へは強い執着をうみます

一日だって連絡がないと苦しくなります
その人のことばかり考えてしまいます

それなのに別れると
その人のことなど一切思い出さなくなります

愛は消えません
本当の愛ならずっと続くはずです

なのに思い出さなくもなるということは
その人に対して単に
執着していただけかもしれません

人間としての時間は大変貴重です
全ての人は何かしらの使命を持って
生まれてきたのだと思います

それなのに、渇望に溺れる時
その後には何も残らないのです

短絡的な快楽に溺れて
本来の使命を忘れいくのです

恐ろしいことです

「人間の証明」という本の中で
囚人たちに女性をあてがう
という場面があります

短絡的な快楽に溺れさせて
本来戦うべき相手を
忘れさせようとしているのです

今の私たちも同じだと思います

一生懸命働いても生活が良くならない
病気の人は増えるばかり

「その原因はどこにあるのか?」
それを考えることはとても大切なのに

世の中には
簡単に気持ち良くなれる
快楽に溢れているから
そちらに流されてしまいます

苦しみは存在するのに
その本質をみようとはしないのです

短絡的な快楽にばかり溺れるのは
動物の生き方です

でも、快楽というのは
本当に争うのが難しいものです

だからこそ渇望を滅する訓練をすることは
とても大切なことなのです

政治に興味を持つようになって
渇望がいかに恐ろしいものなのか
実感としてわかるようになりました

では、それらを滅するためには
どうすればいいのでしょうか

続きは次回

 

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